FC2ブログ

26日日曜日父ちゃんと母ちゃんに連れられて、東大キャンパスに行ってきたよ。
広くて緑も多く気持ちがいいの。母ちゃんは涙ぐみながら笑っているの。

私は会ったことのないバニのシエル兄の話を聞いたの。
2007年12月26日にシエル兄(もうすぐ11ヶ月)が東大病院で、
虹の橋の向こうに旅立っていったんだって。それから母ちゃんは来たいけど、来れなかったらしい。
ここは、父ちゃんと母ちゃんにとって、忘れられないほどいろんな思いが交差する場所で大切らしい。
「生きる為の場所」だそうだ。

9-4-27-1.jpg

シエル兄はここで1ヶ月病を戦ったんだ。母ちゃん達は毎日ここへ来てたんだって。
そして毎日シエル兄の面会にこの待ち合い室に。

9-4-27-2.jpg

平日はここにいっぱいの犬や猫さんが来てるんだって。皆ホームドクターから紹介状を持ってきている
重症な子たちばかり。最高医療とうたわれ、最後のとりでなんだとと思うと胸がえぐられるようで…
でも元気になって、自宅に帰っていく子には、勇気がもらえるだって

シエル兄は全身麻酔を伴う二回の検査と手術の日以外は毎日散歩を母ちゃんとしたんだって。
雨が降ったり、体調の悪い時は弥生キャンパスを軽くまわり、あとは本郷キャンパスまで、
おやつと大好きなササミをもってゆっくり歩くんだって☆

私も歩いてみたよ

9-4-27-4.jpg

シエル兄の時は真黄色のいちょうの葉のジュータンが一面だったんだって。

9-4-27-5.jpg

赤門9-4-27-6.jpg

9-4-27-7.jpg

安田講堂

9-4-27-8.jpg

ここでよく一休みしたんだって

9-4-27-9.jpg

ここは手術の前日の24日も家族皆でイブのお祝いと手術の成功を願ってシエル兄を囲んだ場所。
シエル兄は25日手術を。翌26日旅だって行ってしまった…
シエル兄が元気に家族と過ごした最期の場所なのと母ちゃんが言う。

今日はノエルとシエルと散歩できて良かったでした。病気のときのシエルの写真がないんです。
ぜったい治るものと、治すという気持ちでいたからなのかないのです。でもノエルとまわり再び心に
シエルがやきつきました。


シエルの元気な時の写真はあるけど、何故かパソコンにあまり画像が残ってませんでした数少ない一枚です。

元気な時のシエル
シエル
7ヶ月半20キロ細いけど、元気です。

9-4-27-10.jpg
ノエル、兄の分まで、家族と一緒にいてください。それだけが願いです。


シエルの病気について書きたいとおもいます。三ヶ月に渡り病と闘ってくれました。


体の変調は、突然きました。とにかくタンを吐き出そうと一晩中苦しみました。
うつらうつら寝たと思えば15~20分間隔で苦しみだしました。とても辛そうで、側でさする私が怖くなるほどでした。
私は翌日タンをもって病院に行きます。風邪と診断され薬を持って家に帰ります。
薬を飲んでも、少しはよくなるも、変わらず、いてもたってもいられず、二日後にまた同じ病院にいきます。三泊四日の入院となりました。先生は最初は、ケンネルコフと言ってましたが、肺炎の治療に切り替え、いろいろなデータを基に治療をしてくださり、退院となりました。

ところが退院して戻ったその夜からよだれが流れでてきて、タンを吐き出す為に又もがき苦しみはじめました。
何かが違う、シエルの体はただ事ではないと、助けてください。と他の病院に行きました。
そこの先生は重症な肺炎とはっきり言いました。そして応急処置をしてもらい、今までの治療内容のデーターを診てもらいました。そこで入院となったのですが、その日のうちに前の先生の所の方が、経過観察があるぶん良いとの事で、戻って入院となりました。そこで三週間の入院生活となりました。あらゆる角度から、いろいろな抗生剤を屈指しての治療でした。でもどうしてあの時セカンドオピニオンや、思いきって病院をかえられなかったのか?最近まで自責していました。

通院、三泊四日と三週間の入院を経て、元気になって家に戻ってきました。薬の服用はまだ必要でもうれしくてうれしくて、たまらなかったでした。

だがそんな日も三週間しかもたなかったのでした。

東大病院の入院となりました。
先生は肺炎で治らなくてここに来る子も一週間から10日で退院してるからとおしゃってくれました。でも三日後には強い薬も効かないから、全身麻酔で、肺に管をいれ、細菌の採取をして、薬を特定しなければならないと。東大と二つの専門機関で培養となった。そして治療がまた再開しました。今までと同様長時間点滴です。

しかし治りません。相変わらず肺が白いのです。又全身麻酔で肺に管を入れ、培養検査とCT検査をしました。結果は驚く事にもう肺の中には、菌がないのです。ではなぜ?シエルはその時生きながら肺の一部が腐っていたのでした。東大で初めての症例となりました。

そのままにすれば、肺が腐り続け機能せず…、もしくは腐ってる膿が肺を破り血管にいき…
生きる為には、一刻も早く肺の腐った部分を切り取ること。それしかなかったのでした。それはリスクが高いものでした。成功しても、長生きはできません。運動もできません。散歩もほんの少し。何もできなくても静かに家で暮らせる事を願いました。その為にシエルは手術を受けました。
手術は一応上手くいったそうですが、翌日他界をしました。

これでよかったのか、今でもわかりません。
(生きる為の手術だったのはまちがいありませんが・・・)
手術をしなければどのくらい生きていられたのか?
苦しみ続けていたのか・・・考えると今も頭がへんになりそうです。


シエルありがとう
我が家にきてくれてありがとう

病院の先生がた、友達、ブログで知り合い励ましてくれた方々、本当にありがとうございました。

今までシエルの遺骨は私達の側においてありました・・
ノエルと東大に行き、又ブログに記したことにより、やっとシエルの遺骨をお寺に納めることができます。
お寺の方に自分の気持ちが納得するまで、手元に置いてていいと言われてて、そうしてましたが、もう大丈夫です。ありがとうございました。